2014年1月17日金曜日

「松琴氏 俳人ながら牛飼である」(その2) 句集『牛飼』から

この投稿のタイトル「松琴氏 俳人ながら牛飼である」という言葉は、清田松琴の句集『牛飼』に寄せた高浜年尾の序文から採ったものです。
この句集の題も年尾によって名付けられたのでしょうか。

句集『牛飼』への年尾題字


句集『牛飼』は、全部で160ページほどあり、各ページに三句ずつ載っています。

俳句を解さぬ身を顧みず、気に入った句を以下に抜き書いていきます。
部立ては、一般的な季語に応じて、「新年」「春」「夏」「秋」「冬」となっています。
なお括弧内に読みを加えた句がありますが、正しいかどうかまったく自信がありません。



  新 年


P.5  新年の辞もそこそこに炉によばれ
    復員の兄よ弟よ野良始め

P.6  初市に出すと仔牛にブラシ当て

P.7  三十頭牛健やかに牧の春
    元旦の夜も休まずに牛乳(ちち)搾る
    牛の乳いたはり搾る初仕事

P.8  灯ともして明るき牧舎初仕事
    牛の世話仔牛の世話や去年(こぞ)今年


   春


P.11  疎開の荷下ろし重ねぬ梅の庭

P.13  売りに来しメロンの種を少し買う
   をりをりに余花(よか)の散り来る峡田(はけた)かな
   
(貝柄山公園南口の左隅にある句碑に刻まれています)

P.14  苗床の息に濡れたる温度計

P.17  ぜんまいの二つのこぶし相そむき

P.19  昭和二十四年四月船橋三田浜、玉川に年尾先生を御招き申して
    憩ひ合い勵しあひて耕せる

    ほいほいとすねる耕馬にさからはず

P.20  畦焼いて休耕する気さらになく

P.22  酪 農 に 転 業
   春暁の靄流れ入る牧舎かな

P.23  休耕と決まる寄り合ひ遠蛙

P.24  大師めぐり近づく寺の垣修理

P.25  芽ぶきたるものに跼せくぐ)みてゐたりけり
   自転車に乗りてお使ひ春の風
   春泥に牛乳垂らし集乳車

P.26  凍て解くる休田売る気なしとせず
   栃木より萱取り寄せて屋根を替ふ
   山鳩のよく来る畠種を蒔く

キジバト(雉鳩、別名:山鳩)

P.27  講中の夕餉賑やか花の坊
   牛の値もきまり花見の下話

P.28  屋根替の梯子足らぬと取りに来し
   鳥の巣があると手眞似をして招く
   落ちて来し凧に起ちたる牧の牛

P.29  牛小屋に棲みつくらしき孕み猫
   消えたりと思う芝火の燃え上り
   牛飼に春眠と云ふ刻(とき)の無く   

P.30  梨の花咲き交媒のアルバイト

P.31  三小子さんと左千夫生家を訪ふ
    ほの暗き左千夫の旧居春の昼
   馬醉木咲く歌人左千夫の旧居かな

P.32  病む牛の泪拭きやる余寒かな

P.33  全くの蛙の闇となりにけり

P.34  山水の湧き出る深田打ちにけり

P.35  念願の虚子忌に参じ独りなる
   牛飼の吾も末座に虚子忌かな

P.36  牛の虻動けぬ程に血膨れて

P.37  病む牛の看とりに疲れ春寒し

P.38  牛飼の花に遊べるいとまかな

P.39  山の藤たれて旧道廃れたる

フジ(藤)の花

P.40  夜桜に風吹き立ちて冷え来たり

P.46  アドバルン地に降ろされて陽炎へる
   牛の産衣(うぶぎ)(まがき)に干してあたたかし

P.47  すぐ乾く仔牛の産毛あたたかし
   誘はれず誘はず参る虚子忌かな

P.48  年尾先生病床に在(おわ)す虚子忌かな


   夏


P.52  今開く月見草あり話しおり

P.53  労はりて病後の妻と麦を打つ

P.56  一家みな牛臭くなる夏の来し

P.57  汗の香の牛乳の香のシャツを脱ぐ

P.58  山羊曳いて幼稚園長夏休み
   蝮捕袋をあけて見せ呉れし

P.61  小屋の牛白雨に頸を差し伸べぬ
   老鶯の終日鳴ける過疎部落

P.64  田植焼したる手にさす日傘かな

P.65  亡き父に似て来し吾が手草を引く

P.67  足らぬ水分け合ひ田植済せたる

    鎌 ヶ 谷 入 道 池
    廃れ田の芦疎らなり行々子(ぎょうぎょうし)

オオヨシキリ(大葦切、別名: 行々子)

P.68  乾きたる音して麦の刈られたる

P.69  今刈りし麦に坐りて鎌研げる

P.70  梅もぎし梯子其のまゝ掛けてあり

P.75  蝮酒見せて蝮を捕る話

P.80  降り暗む雨恐ろしき茂りかな

P.84  牛の世話終へて牡丹に佇ちにけり
   紫は雨に適へり桐の花

キリ(桐)の花


   秋


P.87   六實新井医院
    長き夜の影作るなり万年青(おもと)

   露深し灯せば流る暁の霧
   初秋や草の中なる萩の丈

P.90  この天氣また変わるぞと稲架(はさ)外す

P.91  西瓜番昼は鴉を威す役

P.92  作り咳一つ大きく西瓜番

P.93  秋の雨やまねば休む野良着脱ぐ

P.94  稲妻や更けて見廻る牧の牛

P.95  獣医待つ夜寒の牧舎灯しあり

P.96  魂棚(たまだな)の鼠のつきし茄子の馬
   黍の穂に柵よりのびし牛の口

P.97  露に濡れ霧にも濡れて牧の牛

P.98   ホトトギス牛久沼吟行
   河童碑に降りて冷たき沼の雨
   木の実降る道来て芋銭(うせん)旧居あり

P.101   病む牛に厚く敷きたる今年藁
   夜食とり牛のお産を待っており

P.102   牛の産済ませ夜食の牛乳(ちち)を飲む

P.103   秋出水引かぬ牧舎に牛立てり
   蜩(ひぐらし)に起きて搾乳勵みけり

P.104   薮からし花をもちつつはびこりぬ
   捕って来しがちゃがちゃ牧に放しやる

P.105  土 氣 善 勝 寺
   山柿と見上げてをれば鵯来たる

   一水のかがやき走る花野かな

P.106   朝 蜩 夕 蜩 に 搾 乳 す

P.107   木犀の眞っ暗がりに匂ひけり

P.114   牛飼も牛も疲れている残暑

P.115   牛の肌温き夜寒となりにけり

P.117   搾乳の果てて銀漢濃かりけり

銀河 ・ 天の川 ・ 銀漢   〔写真: SokuUp より〕

P.118   秋晴や牛を囲みて写生の子

P.119   朝寒の言葉短くすれちがう

P.120   牛飼の左千夫を偲び獺祭忌

P.121  年 尾 先 生 病 臥
   病める師の一消息やホ句の秋

P.122   牛小屋の牛怯え啼く夜の野分



   冬


P.125   雀影こぼるる縁や蒲団干す

P.126   慕いよる子らに優しく風邪の妻
   しみじみと「ホトトギス」読む炬燵かな

P.128  ホトトギス初入選
   替えし馬又気に入らず炉辺の父

P.129   大根を洗ってをりて振り向かず

P.130   涙ためて吾を見てゐる風邪の牛

P.131   小屋の牛に馴れて下り来る寒雀

P.132   誰も来ぬ所えらびて日向ぼこ

P.133   炬燵では済まぬ用談持ち込まれ

P.137   笹鳴のふと聞こえたる足を止め

P.142   一束の軍手買ひたる年の市

P.146   なりふりもなく着膨れて牛買ひに

P.149   牛買ひに出掛る軍手真新し

P.152   庭枯れて歩るく処の決まりをり

P.154   年の瀬の用事いろいろみな愉し



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