2014年11月14日金曜日

印旛を歩く(2) 真珠院 (印西市・造谷つくりや

真珠院は 印西市(大字)造谷655番地にあります。
この周辺は明治時代の中頃まで 造谷(つくりや)村という地区でした。

県道64号線に面した 真珠院 山門
右に 「天台宗 招龍山」、左に 「本山直末 眞珠院」 とあります

印旛地域には、天台宗の寺院が 以下のように3寺あります。

 ・真珠院 印西市造谷655番地
 ・願定院 印西市瀬戸972番地
 ・西定寺 印西市山田2635番地

この他には、曹洞宗の寺院が8寺、真言宗豊山派の寺院が7寺、臨済宗妙心寺派の寺院が1寺あります。
印西市の他の地域と比べると、天台宗の寺院が少なく、曹洞宗の寺院と 真言宗豊山派の寺院が多いことが際立っています。

また、仏教寺院は、旧印旛村だけで 何と合わせて19寺もあります。
なぜなのでしょう?
風土や文化も、他地域とは違っているのではないかと想像されます。


とても広々として開放的な境内です


山門を入って左側には 造谷地区児童遊園があります


すべり台やブランコなどの遊具が置かれていました


造谷地区構造改善センター 造谷地区の集会所です


「集会所」等の一般的な名称を使わず、農業と関係の深い「構造改善センター」という硬い語感の呼称を用いているのは、建設時補助金の関連から来ているのかもしれません。
「構造改善センター」は、印西市では旧印旛村区域だけに置かれています。
以下をご覧ください。

 ➜ 印西市構造改善センターの設置及び管理に関する条例

全部で13あり、その多くは寺院の境内や神社の近くに置かれているように思われます。
いずれ、すべての「構造改善センター」をご紹介できるでしょう。

 ➊ 瀬戸地区構造改善センター 印西市瀬戸1078番地
 ➋ 仲井地区構造改善センター 印西市山田93番地1
 宮後みやしろ地区構造改善センター 印西市山田875番地1
 平賀ひらか地区構造改善センター 印西市平賀928番地
 ➎ 吉高地区構造改善センター 印西市吉高855番地2
 ➏ 萩原地区構造改善センター 印西市萩原1404番地2
 ➐ 松虫地区構造改善センター 印西市松虫7番地
 岩戸いわと地区構造改善センター 印西市岩戸1616番地1
 師戸もろと地区構造改善センター 印西市師戸1486番地1
 鎌苅かまがり地区構造改善センター 印西市鎌苅590番地1
 大廻おおば地区構造改善センター 印西市大廻322番地
 ⓬ 造谷地区構造改善センター 印西市造谷652番地1
 ⓭ 吉田地区構造改善センター 印西市吉田1411番地1

追 記 2016.01.28

全「構造改善センター」を訪ね終わりました。
上記の青い文字の名称をクリックすると、当該記事にジャンプします。

この追記 おわり


集会所の右手に本堂があります


実に堂々とした立派な本堂です


「真珠院」と書かれた額が懸かっていました


大正2年(1913)発行の『千葉県印旛郡誌』の「宗像村誌」には、真珠院について以下のように書かれています(後編 P.416)。

 真  珠  院
造谷村字内原にあり、天台宗にして延暦寺末なり。弥陀如来を本尊とす。
宗祖、伝教大師の法孫 開基・浄教法印、寛永17年(1640)3月創立。
安政2年(1855)4月18日焼失。安政3年(1856)5月再建す。
堂宇、間口 7間半 奥行き4間。境内462坪あり。檀徒31戸を有す。
境内仏堂一宇あり。即ち、
 ・弥 陀 堂 弥陀如来を本尊とす。
 開基・天海僧正、寛永17年(1640)5月創立。
 安政2年(1855)4月焼失。安政3年(1856)11月再建す。
 建物、間口 4間半 奥行き4間半。
また、庵室一宇あり。即ち、
 ・大 日 堂 大日如来を本尊とす。由緒不詳。
 建物、間口 4間 奥行き2間半。


「無量寿殿」とある お堂


印西大師 第十一番札所の大師堂


本堂の正面にも山門がありました


本堂から山門側を見たところ


上の山門を出たところには 如意輪観音像や子安観音像が並んでいました

建ち並んだ像の背にある土盛りの向こう側に ちょっとだけ見えるのは、造谷の「宗像神社」の境内にある祠です。
宗像神社は 真珠院と隣り合って建っていますが、境内が完全に別になっています。
「造谷宗像神社」については、予定している「北総の宗像神社」のシリーズの一環として取り上げることにしたいと思います。


多くの寺院と同様に、裏手は深い谷へと落ちています


真珠院とその周辺の地図
 国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものを利用


道路をはさんで反対側には 印西市消防団の建物がありました


最後に、印西市の印旛区域について ふれておきたいと思います。

・明治22年(1889)4月1日、町村制施行に伴い、岩戸村、師戸村、鎌苅村、大廻村、造谷村、吉田村の6村が合併し「宗像村」が成立。
(この旧6村のすべてに宗像神社があります。)
・同日、瀬戸村、山田村、平賀村、吉高村、萩原村、松虫村の6村が合併し「六合村」が成立。

・昭和30年(1955)3月10日、印旛沼北西部の 西側にある宗像村と 東側にある六合村が合併し、「印旛村」が成立。

・平成22年(2010)3月23日、 印旛村が 「印西市」に編入。

真珠院のある地区は、造谷村 ➜ 宗像村 ➜ 印旛村 ➜ 印西市 と変遷してきていることになります。


印旛区域の大字 (旧12村)
国土交通省 利根川下流河川事務所の資料を利用

上図により、明治中期までの旧12村の各地区が、谷津によって分かれていたことが見てとれます。
なお、旧宗像村と旧六合村に属した各6村を連ねるときに、南西に位置する村から反時計回りに並べていく場合が多いようです。


➜  印旛を歩く(1) 千葉県立 印旛沼公園 (印西市・師戸もろと

➜  印旛を歩く(3) 東祥寺 (印西市・鎌苅かまがり